このページでは歴史(主に古代中国・戦国時代)についてやガンプラ初心者の管理人によるガンプラ製作記を書いていきます。

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今回も前回に引き続き、藺相如が関係しています。
読んでない人はここを読んでみて下さい。

...

...

読みました?

では
前回の一件から数年後秦王と趙王は会合を開きました。(有名な繩池(べんち)の会です)誰も知らないと思いますが
そこで秦王は趙王に
「趙王は音楽好きと聞いているので、瑟(ヒツ・琴に似た楽器)を弾いてもらいたい」
と言いました。
秦王に逆らえるはずもなく仕方なく弾くと、秦王は記録官に
『何年何月何日に趙王に瑟を弾かせる』
と記録させました。
それはいわゆる趙王は秦王の臣下であると記録したような物です。
秦王は前回の借りを返すためにこういうことをしたのでしょう。
趙王にとっては耐え難い屈辱です。

そこでこのままでは趙王が辱めを受けたままになると感じた
藺相如は きたきたぁ
秦王に近づいて
「秦王も音楽が得意と聞いております。ぜひ趙王のために缶(ほとぎ:瓦で作った打楽器)を打って歌を歌ってもらいたいものです。」
と言いました。
秦王は怒って応じませんでしたが、藺相如は
「私と秦王との距離はわずか五歩です。私の血を王様に注ぎましょうか。」(刺し違えるという意味を含む)
といいながら缶を秦王に差し出しました。
仕方なく秦王は缶を一回叩きました。
すかさず藺相如は記録官を呼び
『何年何月何日、秦王は趙王のために缶を打つ』
と記録させました。

長くなるので続きに

▼続きの開閉

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『完璧』

知ってのとおり「大事なことを成し遂げる、欠点がまったくないこと」という意味ですが、なぜ『璧』という字使われているのでしょうか。
実はちゃんと意味があるんです。

気になった人はつづきをどうぞ。雑学が1つ増えますよ。

▼続きの開閉

うーん。日記を毎日寝る前に書いているのだけれど、さすがに毎日面白いことがあるわけではないので書くことにこまるなぁ~。
ということで、これから書くことがないときは歴史上の名言・ことわざなどを書いていこうかと。

そういうことで第一弾は......
『鶏鳴狗盗』
これは今読んでいる小説『孟嘗君』に関係があることわざです。
意味は
1.鶏の鳴き真似をして人を騙(だま)したり、犬のように物を盗んだりする、卑(いや)しい者どものこと
2.どんな下らない技能でも、役に立つことがあるということ
1はそのままの意味ですが、ことわざ的には2の意味で使われます。

由来を簡単に書きますと
昔、中国に田文(孟嘗君)という人物がいて、彼は一国の主でした。
彼は「食客」という一芸に秀でた人物を3000人抱えていたことで有名な戦国の四公子の一人です。
「食客」というのは臣下ではないので強要されることを好まず、仕事もせずに食事だけを食べていたものが多く、またほとんどは役に立ちそうにない芸ばかりでした。
そのため食客のために財がなくなってしまうと臣下が訴えても田文は取り合いませんでした。

その田文を恐れた秦の国の王は田文を秦によび暗殺をこころみました。
秦王に捕らえられた田文はそのとき食客を何人かを率いており、その中に盗みの天才(狗盗)がいました。
そこで田文は秦王に献上した狐の毛で出来た衣を盗ませ王の后に献上し釈放するように頼みなんとか釈放されました。

一時は田文を許した王でしたがやはり田文を恐れすぐに田文を捕縛しようと兵を放ちました。
そのころ田文は夜半にある関所にたどり着きましたが、そこは鶏が朝に鳴くまでは門開しないという掟がありました。
そこで食客の一人に鶏の鳴きまねが得意なものがいたので、鶏鳴させてみたところ、その鳴き声につられて鶏が鳴き出し門が開きなんとか危地を脱しました。めでたしめでたし。

たぶんこれはいくらか創作が含まれていると思いますが。確かに起こった出来事でしょうね。
この時代は紀元前250年ぐらいのことですから、日本はまだ縄文時代ですね。
やはり中国4000年の歴史は伊達じゃない
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